ゆずりは

「ゆずりは」は大田市大森町の石見銀山の中にあるお宿です

ENGLISH KOREAN Simplified Chinese Traditional Chinese THAI

ご予約 0854-89-0430

(年中無休・9:00〜22:00)

島根県大田市大森町二3-1

宿泊予約
1日コース
所要時間:徒歩のみ…5時間40分/徒歩とバス利用…5時間30分

龍源寺間歩~仙ノ山本谷コー

スタート

【銀山公園】

石見銀山観光の玄関、銀山公園からスタート

徒歩 50分

【龍源寺間歩】

「間歩」とは銀を採掘するための坑道のことです。石見銀山には大小合わせて約600の間歩が存在するとされますが、現在、一般公開されているのはこの龍源寺間歩だけです。

徒歩 5分

【佐毘売山神社】

佐毘売山神社は鉱山の守り神である金山彦命を祀る神社です。石見銀山では最大の神社で、銀山に暮らす人々の心のよりどころとなっていました。神社周辺には多くの住居跡が棚田のような石垣として残っており、これも見どころの一つです。

登山 60分

【石銀】

石銀地区は、仙ノ山(標高537m)の頂上付近にあります。ここは、神屋寿禎が日本海沖から光る山を見つけたという『発見伝説』の舞台であり、戦国時代から江戸時代にかけて銀鉱石の採掘や製錬が盛んに行われた地です。

仙の山の頂上である石銀地区から本谷口番所跡、原田駐車場へと至る道沿いには、銀山の歴史にまつわる多くの遺跡が残っています。

登山 90分 本谷を降りる

【謎の岩盤遺構】

2003年の発掘調査で、釜屋間歩に近い斜面から高さ18mの岩盤を三段のテラス状にくりぬいた巨大な遺構が発見されました。いつ誰が何の目的で造ったものか謎が多いため『謎の岩盤遺構』と名づけられました。

【釜屋間歩】

釜屋間歩は、石見銀山の初代奉行・大久保長安の部下である安原伝兵衛が発見したと伝えられる間歩です。

【大久保間歩】

大久保間歩は、石見銀山の初代奉行である大久保長安の名をとってつけられた間歩です。

徒歩 50分

【原田駐車場】

徒歩30分 又は バス10分

【銀山公園】

ゴール

見どころ

石見銀山の発見伝説の舞台となった石銀地区、『五ヵ山』と称された大坑道の龍源寺間歩(入場見学)や大久保間歩など、重要な鉱山遺跡を集中して巡るコースです。
銀山の歴史をじっくりと感じたい方にお勧めです。

ガイドの方からのひとこと

佐毘売山神社に始まる約1時間の上り坂は決して楽ではありませんが、石銀地区に到着するや、美しく爽快な眺望に心洗われ、苦労が報われるほどです。
このコース沿いには、何百年も前に銀山で暮らした人々の住宅地跡が石垣としてあちこちに残っており、その数は1000以上とも言われます。さてあなたは幾つ見つけられるでしょうか?
また運が良ければヤマドリの姿を見ることもできます。

1日コース所要時間:徒歩のみ…4時間10分

山吹城跡・龍源寺間歩コース

スタート

【銀山公園】

石見銀山観光の玄関、銀山公園からスタート

徒歩 30分

【山吹城大手門跡登山口】

徒歩 50分

【山吹城跡】

山吹城は戦国時代、銀山争奪の拠点として何度も戦さが繰り広げられた舞台です。1533年(天文2年)頃、大内氏がここ要害山(標高414m)の頂上に山吹城を築いたのが始まりで、小笠原氏、尼子氏、毛利氏が争奪戦を繰り広げ、1562年ついに毛利氏が陥落させるまで戦いはおよそ30年間も続きました。

徒歩 40分

【龍源寺間歩】

「間歩」とは銀を採掘するための坑道のことです。石見銀山には大小合わせて約600の間歩が存在するとされますが、現在、一般公開されているのはこの龍源寺間歩だけです。

徒歩 50分

【銀山公園】

ゴール

見どころ

何といっても山吹城跡からの眺めが最大の見どころです。
大森などの町並みを歩くだけでは分らない石見銀山の地理地形の全容が一目瞭然で理解できます。

ガイドの方からのひとこと

山吹城の上り口では「大した山とも思えないのに、なぜこんなところに守りの城を築くのか?」とも思えるのですが・・・ 息せききって登れば、周囲の山々や町、物資を積み出す港、まさに360度のパノラマ。
「自分が戦国武将であればやっぱりここに拠点を築いただろう」と納得できる見事な風景です。
この実感をぜひ体験してください。

1日コース
所要時間:徒歩のみ…4時間/徒歩とバス利用…3時間20分

仙ノ山往復コース

スタート

【石見銀山駐車場】 ふれあいの森公園

徒歩30分 または バス10分

【原田駐車場】

徒歩 70分 本谷を登る

【謎の岩盤遺構】

2003年の発掘調査で、釜屋間歩に近い斜面から高さ18mの岩盤を三段のテラス状にくりぬいた巨大な遺構が発見されました。いつ誰が何の目的で造ったものか謎が多いため『謎の岩盤遺構』と名づけられました。

【釜屋間歩】

釜屋間歩は、石見銀山の初代奉行・大久保長安の部下である安原伝兵衛が発見したと伝えられる間歩です。

【大久保間歩】

大久保間歩は、石見銀山の初代奉行である大久保長安の名をとってつけられた間歩です。

【露頭掘り跡】

仙ノ山の頂上付近には、広大な露頭掘りの跡があります。露頭掘りとは、地下に坑道を掘り進むのではなく地表に露出した銀鉱石を削る採掘方法で、この付近の岩を削ると銀含有率の高い鉱石が採れたと言われます。

【石銀】

登山 90分 本谷を降りる

【原田駐車場】

徒歩30分 または バス10分

【石見銀山駐車場】 ふれあいの森公園

ゴール

見どころ

神屋寿禎による発見伝説の舞台であり、また石見銀山が最も栄えた時代の名残をまざまざと残す“石銀地区”をじっくりと巡るコースです。
仙ノ山の銀山の歴史をじっくりと感じたい方にお勧めです。

ガイドの方からのひとこと

面白いことに、仙ノ山を上り下りするこのコースは、往路と復路で目に映る景観が違います。 コース中一箇所だけ、三瓶山が非常に美しく見える場所があります。 頂上付近の石銀地区では数々の遺跡から『石銀千軒』と謳われた鉱山町のいにしえの有様を思い描くこともできるでしょう。
四季折々の自然に触れながらトレッキングを楽しんでみませんか。

半日コース所要時間:徒歩…3時間

大森エリアコース

スタート

【銀山公園】

【羅漢寺】

五百羅漢の建造をはじめた月海浄印が、五百羅漢を安置するために1756年(宝暦6年)に建立した真言宗の寺院です。ご本尊の阿弥陀如来、不動明王、愛染明王と、室町時代の作りと言われる降三世明王および大元帥明王が安置されています。境内には33体の弘法大師像もあります。
観世音寺住職の月海浄印が、銀山の坑夫の安全と供養のため造立を発願したものです。月海和尚が1759年(宝暦9年)に没した後は、田安中納言宗武卿(8代将軍吉宗の次男)が支援を行い、30年近い歳月をかけて1766年(明和3年)に完成しました。

【栄泉寺】

栄泉寺は、1596年(慶長元年)創建の曹洞宗の寺院で、石見銀山における禅の修業道場でした。薩摩芋を広めた第19代代官・井戸平左衛門とゆかりがあります。

【旧河島家】

旧河島家は唯一公開されている武家屋敷で、地役人の組頭まで昇進した上級武家の構えを伝えており、隣の空き地までがその敷地となっています。

【井戸神社】

井戸神社は1879年(明治12年)に第19代代官井戸平左衛門を祀って創建されたもので、1914年(大正3年)現在地に再建されました。扁額は勝海舟によるものです。

【熊谷家】

熊谷家住宅は、石見銀山とともに繁栄した豪商の暮らしぶりを今に伝える貴重な建造物です(1998年、国の重要文化財に指定)。

【勝源寺】

2代目奉行竹村丹後守が大檀那となり、1601年(慶長6年)に白誉上人によって創建したと伝えられる浄土宗の寺院です。

【石見銀山資料館】

地元に残る石見銀山関連の文献資料や鉱山道具、県内外の鉱石などを展示するする資料館です。資料館のある場所は、江戸時代には銀山支配の拠点である代官所が建っていました(代官所跡は国の史跡に指定されています)。現在の建物は、1902年(明治35年)に建てられた邇摩郡役所をそのまま利用しています。

【城上神社】

城上神社は、大物主命(大国主命)を祀る神社で、石見銀山の安全栄山を願う大森の氏神です。社伝によると、もともと仁摩町馬路の城上山にあったものを1434年(栄享6年)に大内氏が川向こうの愛宕山に遷座、さらに1577年(天正5年)毛利氏がこの地に遷座したとされます。銀山の支配者と常に関わりを持った神社です。
現在の社殿は1800年(寛永12年)の大火で消失し1815年(文化12年)に再建されたものです。拝殿は重層入母屋造りで、上側が和風の千鳥破風、下側が唐風の唐破風という珍しい様式です。拝殿の格天井には三瓶山志学の絵師、梶谷円隣斎による「鳴き龍」が描かれており、鳴き龍の下で拍手を打つと不思議な音が聞こえます。

【代官所前ひろば】

ゴール

見どころ

石窟に500もの羅漢像が安置された「五百羅漢」。 銀山に関わった有力商家の暮らしぶりを伝え「熊谷家住宅」—石見銀山のお膝元で発展した大森地区の主要ポイントを訪ねるコースです。

ガイドの方からのひとこと

大森地区は、ぶらりと散策するだけでも楽しいところ。 江戸時代の佇まいを残すシックな街並みに「タイムスリップしたみたい」と感想をもらす方もいます。 住宅やお寺、神社などが自然に混じりあい独特の風情をかもしています。 観世音寺の境内から見下ろす瓦の波は実にみごとで、ぜひ眺めて頂きたいですね。

1日コース所要時間:徒歩…4時間

銀山エリアコース

スタート

【銀山公園】

【龍源寺間歩】

「間歩」とは銀を採掘するための坑道のことです。石見銀山には大小合わせて約600の間歩が存在するとされますが、現在、一般公開されているのはこの龍源寺間歩だけです。

【佐毘売山神社】

佐毘売山神社は鉱山の守り神である金山彦命を祀る神社です。石見銀山では最大の神社で、銀山に暮らす人々の心のよりどころとなっていました。神社周辺には多くの住居跡が棚田のような石垣として残っており、これも見どころの一つです。

【高橋家】

高橋家は唯一残っている山組頭の遺宅で、茶室を設け、付随する建物では酒造なども行っていたという銀山地区屈指の建造物です。

【福神山間歩】

市道沿いに坑道口が残る福神山間歩は、入口から斜めに掘られ、川の下を横切って仙ノ山方面に延びる特殊な構造の坑道です。

【清水寺】

清水寺は銀山開発と縁の深い寺院です。石見銀山を発見した神屋寿偵は、沖から陸のかなたに輝く霊光を認め、上陸して清水寺に参拝し、帰り道で銀鉱石を拾ったのが始まりと伝えられます。

【清水谷製錬所跡】

清水谷製錬所跡は、石見銀山遺跡で一番新しい近代の遺跡です。1895年(明治28年)、大阪の藤田組(現・同和鉱業)が当時の金で20万円を費やして造った製錬所です。鉱石をトロッコで運び明治の先端技術「収銀湿式法」による精錬を行う予定でしたが、わずか1年半で操業が中止されました。

【豊栄神社】

豊栄神社は戦国時代の武将毛利元就を祀った神社で、もとは洞春山長安寺と号す曹洞宗の寺院です。1561年(永禄4年)山吹城内に元就が自分の木像を安置し、翌年に石見銀山を掌握。1571年(元亀2年)に木像を長安寺に移したと伝えられます。

【大久保石見守の墓】

大久保石見守長安は、1600年(慶長5年)に徳川家康から任命され石見国の初代奉行として着任、卓越した手腕を発揮した人物です。公費による積極的な鉱山開発や税制の改革などを進め、銀の生産高を飛躍的に増加させました。

【銀山公園】

ゴール

見どころ

銀山地区のハイライトと呼ぶべき史跡を訪ねるコースです。 龍源寺間歩(坑道内を見学)や福神山間歩など採鉱の跡を見学したのちに、神社仏閣を訪ね歩き、往時の銀山町の隆盛をしのびます。

ガイドの方からのひとこと

見どころ満載のコースですが、特にひとつ挙げるとすれば豊栄神社です。 戦国時代の武将、毛利元就が石見銀山を掌握したのをきっかけに建立され、 その後長らくさびれていたのを明治維新の折に元就の末裔である長州軍が再建し—とドラマチックな逸話をもち、 400年以上も銀山の変遷を見守ってきた存在なのです。 豊栄神社は今また崩壊の危機に瀕していますが、訪れれば、そこここに歴史の息吹を感じることができるでしょう。

地元ガイド

電動アシスト付自転車が、銀山公園駐車場の“総合案内所”、および“貸自転車 弥七”にてレンタルできます。事前の予約は出来ませんので現地にてお申し出ください。

地元ガイド

石見銀山のエコトラベルとして自転車タクシー「ベロタクシー』として、石見銀山観光の足として親しまれている乗り物です。石見銀山周辺の事なら何でもおまかせ!

利用料金

●銀山公園 → 龍源寺間歩
片道 2200円/大人 1600円/小人  
往復 4100円/大人 2900円/小人
●銀山公園 → 代官所跡
片道 1000円/大人 700円/小人
往復 1300円/大人 1000円/小人
●貸し切りは
1時間 6,300円/台  3歳以下は無料  
4歳~9歳以下は小人料金  10歳以上は大人料金です。